「一度きりの人生」という言い回しがある。
この言い回しのよくある使われ方として、直後に「だから、自分のやりたいことをやろう」という言葉を続けるというのがある。それはたしかにそうなんだけど、私はそれ以外にもう一つの使い方を提案したい。具体的には、次の言葉を続けるというものだ。
「結果オーライでもとにかく乗り切れればOK」──
人生は一度きりで、同じことをもう一度同じようにやってみろと求められることは少ない。どうにか一生をまっとうできればいいのだ。
別の言い方をすれば、人生は綱渡り。でも、どうにか綱を渡り切ればいいのだ。
こんなことを考えたのは、昨日も取り上げた或る元ロッテ投手の逮捕がきっかけだ。彼の42年の人生の中で、実に様々な局面、人生の分岐点があったに違いない。そのときにどちらの方向を選択するか、その選択の内容によってはもしかしたらこんな悲惨なことにはならなかったんじゃないかと思う。現役時代から分不相応な生活をしなければ、最初の奥さんと離婚しなければ… など、挙げればキリがないだろう。
私自身も「あのときもしこういう決断をしていれば」ということがたくさんある。どちらかといえば「ああしておいてよかった」とホッとするよりは「ああしておけばよかった」と後悔することの方がずっとおおいけど…。とはいえ、選択を悔やむことがあっても、とりあえず私は今のところ人生の綱を渡り続けている。
例えばスポーツだったら、結果オーライの勝利は「次の試合に繋がらない」「教訓や課題が浮き彫りにならない」ということで忌み嫌われることがある。では、人生においてはどうだろう? もちろん、ミクロ的視野では人生では同じことが繰り返される(日々の仕事など)。でも、マクロ的視野ではそうではない。例えば、不惑の四十を迎えたり、初めて結婚するといったことは、人生では二度起こらない。
そう考えると、人生とはなかなかおっかないものだ。