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2005年07月25日 00:45に投稿されたエントリーのページです。

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決断

突然ですが…

9月末で会社を辞めることになりました。

ずっと考えてきたことなんですが、
「この先今の仕事を続けてもスキルアップはあまり望めない」
「もう若くないのだし、ダメだと思ったらその仕事をいつまでも続けているより、早めに終止符を打って次の道を考えた方がいい」
と思っていました。

そんな中、先月から急に負荷が高くスキル不足な私には辛い仕事をあてがわれ、すっかり仕事の波に飲み込まれコントロールが利かなくなり上司からは叱責を受けることが多くなりました。今とりあえず忙しさのピークは過ぎ、仕事の波は去りつつありますが、また同じようなことがあったとき、能力・体力・気力の面で乗り越えられるとは到底思えないと感じました。

そこで18日(月)に辞意を表明し、22日(金)に話し合いを持った結果、正式に決まりました。

話し合いの最中、会社側(私の採用にあたった方)からは、
「入社以来、きちんと育ててこなかった」
「先日の(3週間以上終電帰りが続いた)仕事は(私の)スキルを超えていた」
という言葉がありました。

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今回の決断にあたり、父に身の振り方を相談すると、こんなような答えが返ってきました。

「自分が支配できないような(不得手な)仕事で苦しむようなことがあってはいけない。自分が支配でき、自分なりの意見やアイデアが出せるような仕事に就かなければならない」
「同じ長時間労働をするにしても、『気がついたら時が経っていた』というのと『嫌な仕事にいつまでもかかずらわされる』というのとでは全然違う」
「雇用形態(正社員であること)よりも、自分にとって本当にしっくりする仕事をすることを優先すべきだ」

正直、こんなことを言ってくれるとは思ってもみませんでした。「正社員は身分が安定しているんだから、とにかく今の会社にしがみつけ」とでも言われるのだとばかり思っていたものですから。3週間以上も毎日終電で帰宅するような日が続き、しまいにはとうとう体を壊してしまった私を見て、「こんな働き方をさせやがって」というようなことを会社に対しては思っていたようです。

思えば2000年の春、5年間勤めてきた職場をあとにした直後に母親が体調を崩し、その一因が父にあったことで、もともと家族内にあった「母プラス私」vs.「父」という構図がより鮮明になっていきました。しかし母親の具合が徐々に快方に向かい、逆に父に年齢的な衰えが目立つようになると、構図は崩れていきました。私の中で「父も母も同じ家族」と心境の変化が生じ、今回のことで心の絆は強くなったと思っています。

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思えば、私の人生は回り道と挫折でいっぱいでした。

学生時代は「将来こんな職業に就きたい、そのためにはこういう学校に進んだ方がいい」ではなく「どんな学校に進学する(したい)か」ばかり考えていました。

大学4年(正確には5年)の5月、急に就職のことを考え始めたときから、常に私の職業選択は「とりあえず現実の選択肢の中から選ぶ」といういわば消極的選択を繰り返してきました。病院で働いていた頃には「人材ビジネス業界がいい」だの「Webクリエーターになりたい」だのといろいろなことを考えましたが、それらも結局は医療事務の世界から抜け出すための一つの口実みたいなもので、心の底から本当にしたい仕事ではなかったと、今にしてみれば思います。

今回、そんな消極的選択を繰り返す状態を断ち切り、自分の職業人生を再構築するつもりでいます。

世間を見れば、相変わらず就職難だとか不景気による給料減だとかサービス残業やら長時間労働やらといった話ばかりです。ただ、そんなことを聞いて「すべてが自分に当てはまる」「自分も同じ状況に置かれそうだ」などと考えるのはやめにしようと思います。世間一般がどうであれ、とりあえず自分だけがなんとかなればいいのですから。それに、私の目指す方向や持っているスキルは他の人と多かれ少なかれ違うのですから、そういう人達と自分が同じだと変に考えすぎない方がよいと思います。

先日、テレビを見ていたら、Jリーグヴィッセル神戸の選手達が神戸市内の小学校を訪ね、夢を持つことの大切さを子供達に説いていました。なにもJリーグの選手に限らず、ある職業に就いた人が若者達にそんなような話をすることはよくある筈です。

「夢を持つ」ということがきれいごとで、果たして現実的ではないことなのかどうかはよくわかりません。ただ、いろいろな世界で活躍する人達が口を揃えて同じようなことを説いているのだから、あながち中身のない話ではないかもしれない。私はそう思いました。

この歳になって「夢を持ち、それを追いかける」なんて有り得ないというか、おかしなことかもしれません。ただ、家族が元気でいてくれるうちであれば、何とかギリギリそんな無謀なことができるのかもしれません(「家族が元気でいてくれるうちに」というのは、今回早めの決断をした1つの理由です)。

勿論、「夢」といっても、今からジャニーズ事務所に入って若い女の子にキャーキャー言われるようになりたいとか、プロ野球選手になって活躍したいとか、そんなことではありません。あくまで自分が今置かれている状況の中で「頑張ればひょっとしたら目指せるかもしれない」という、現実を見据えた範囲での「夢」です。

我ながら、この歳(35)にして未だに自分の仕事を社会の中で確立できない、収入が少ない、おまけにまともに付き合った異性が1人もいない… とまあ本当に情けない人間だと思います。「あのときああしていれば今頃は…」と思うことが数え切れないほどあります。

とはいえ、情けないからといってこの先の人生を諦めるにもいかないし、とりあえず家族が私のことを思ってくれる以上はそれに応えるしかありません。世間的に見て負け組だろうがなんだろうが、「この年齢で何やってんの?Jと他人に言われようが、自分のやりたいようにやって自分の道を行くしかないと思います。

とりあえず家族は理解と応援をしてくれています。家族以外の方達からも、1人でも多く理解と応援をしてくださる方がいらっしゃれば、本当にありがたいことだと思っています。

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もう、某巨大掲示板を見て「バス運転士や営業所事務の人達に比べたら(拘束時間が少なくて)まだマシだ」「医療事務に比べたらまだマシだ」と俯きながら自分を納得させるのはやめにしたいと思います。

今の心境は、不安が6割、ポジティブな気持ちが4割といったところです。既存のレールを進もうというのではないわけですから、うまくいくかなんてやってみないとわからないところがあります。それでも、自分のできる範囲プラスちょっとだけ背伸びする形で、どうにかやっていくことができたらと考えています。

コメント (3)

「自分のできる範囲プラスちょっとだけ背伸びする形」、これは良い方針だと思います。30代半ばという年齢は、40代半ばとなった僕からみるとまだまだ自由度の高い年代ですよ。
がんばってくださいね。

>自分を納得させるのはやめにしたいと思います。
これが重要です。これに気が付けば、こっちのもんです。
私も、数年前えらいスランプに陥って「みんなそうだから」とか「みんながまんしているんだから」とか、自分に思いこませようとしましたが、そう思っている間は、抜け出せることができませんでした。
だから、そう思うことはやめました。少し楽になるまでは1年くらいかかりましたが、今は、「(体力的にも精神的にも)無理はしない」をモットーにしております。
特に私の場合、更年期もどき状態ですから(^_^;)、無理をするとロクなことありません。
もちろんまだまだ「夢」も持ってますよ〜。

やはり、一時(2年間)悩み続けて退社を決断した先輩の言葉↓
「肩に力を入れすぎず、今の自分に一番良い状態はなんだろうと(世間ではなく、じ・ぶ・ん に)考えてなるべくそれに 沿って生きること。」

kunioさん・ねぎこさん、ありがとうございます。
アドバイスや励ましのお言葉、ありがたく頂戴しました。

実は先週(7月28日)に、一足先に職場を去る人とその代わりの人のために歓送迎会が開かれて、私も出席したんですが、最初は「やっぱ決断早過ぎたかな〜」と思いながらその場にいたものの、徐々にそんなこともなくなりました。それと、やっぱりああいう場に長い時間居ると疲れてしまうのはこれまでと同じでした。ということでその日は途中で中座させていただきました。

実は今、私はちょっとスランプ状態にあると自覚しています。「周囲とコミュニケーションをとりたがっていない」と上司から図星を突いたことを言われてから、他人と話すのが(特にフリートーク)これまで以上に怖くなってしまいまして…。どんなことを喋ったらいいのかわからない感じが常に頭のどこかにあってどうしようもありません。語学をある程度極めたいと思っているのにこんなことじゃあいけないんですが…。