転職活動を続けていると、数多くの求人広告を目にする。
それらの中でよく見かける「応募資格」のうちの1つに、「コミュニケーション能力のある(高い)方」というのがある。
今ここでこうしているように文章を綴るのは比較的得意なほうでも、口は全然達者じゃない、いってみれば口下手な私としては、この応募資格を見るたびにいつもその求人案件に尻込みしてしまうところがあった。「俺じゃあ無理だな…」「コミュニケーション能力って言われても…」と、ついつい後ずさりしたくなる。
今月21日の記事でもふれたように、今私は或る会社から「病院のヘルプデスクとして働かないか」と誘われている。相手にするのは病院の医者や看護師などなのだけれど、一応過去に医療事務員として医者や看護師相手の仕事をしたことがあるから普通の人よりは新しい仕事にすんなり入れるかもしれない。それでも、適切な言葉がとっさに思い浮かばなかったり口にできなかったりで、医療事務未経験者の他の人とは違った苦労をすることになるんじゃないかと思っている。
私が苦手なのは、とにかく他人に何かを働きかけることだ。気軽に声をかけたり、話題を提供したりするのが本当にできない。
例えば仕事か何かで誰かと2人きりになったとして、自分で何か話題を考えてその人と話すキッカケをつくるのが苦痛だ。話しかけられればちゃんとそれに応えて会話が成り立つのだが。
だから、集団の中でリーダー格になって、いろいろな人の様子に目を配り、何かあれば声をかけてみるといったことが、気楽にはできない。
だから、「コミュニケーション能力が必要」と言われてしまうと思わずビビってしまう。
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こんな私だが、それでも「自分よりコミュニケーション能力がないなぁ」と思う人が、身近に何人かいる。
まず俎上にあげるのは、私の父だ。
周りの空気を読まないし、他の人から見ればとるに足らないようなくだらないことを、自分だけで楽しむだけならともかく他人(=家族)との共通の話題にしようとする。
例えば、つい先日のこと。
家族で或るドラマを見ていた。雨の中自転車に乗って新聞配達をしていた登場人物が転倒してしまい、自転車のカゴから新聞が道の上に散乱してしまうシーン。それを見て一言。
「今、新聞濡れたよな?」
私は「だから何なんだよ? 当たり前だろ」と思ったが、ここは黙ってドラマを見続けることにする。
しばらくしてまた一言。
「このドラマ、昼のシーンより夜のシーンが多いよな?」
一言で済むならいいのだが、いつまでもそのことについてぐだぐだ喋ってるので、「うるさいから黙っててくれ。こっちはドラマを見てるんだから、そんなどうでもいいことをいつまでも喋ってるな」と注意したところ、怒り出す。「どうしてそういうことをお前は言うんだ。俺の話を聞けないのか?」と。ドラマが盛り上がっていて、こちらとしてはドラマそのものに没入したいのに。このことを話すと、今度は「今セリフがないんだから、俺が喋っていたっていいじゃないか!」と言い出す始末… そういう問題じゃないだろうに。呆れてものも言えない。
映画館で映画に見入っている人に話しかけたら、普通は怒られるでしょう? そういう一般人にはごく当たり前のことが、この人には理解できないらしい。
普段から話にユーモアや広がりがなく、普通の人ならいちいち気にしないような些末なことを面白がったりする人で、それが自分自身の中で完結しているのならいいのだが、そういったことをいちいち口に出して家族を巻き込もうとする、それも周囲の状況や雰囲気などを全く考えないものだから、家族としてはたまったものではない。
こんなことがあまりにたびたび起きるので、通常そういうシチュエーションで私を含む家族が話しかけられても一切返事をしない。
断っておくが、「私が父のことを同性の親として鬱陶しく感じている」というのとはまた違う。
話題が貧困なだけならまだしも、周りの空気を読まずに、中身のない会話をしようとする(しかも会話の中身がないことに本人が気づいていない)、これこそ「コミュニケーション能力がない」ということになるのではないだろうか。
次に俎上にあげるのは、私が最近接点を持った人材派遣会社のコンサルタント。会社の名前は、仮に「P」としておこう。恵比寿にある会社だ。
その会社で扱っている或る派遣の求人案件(ソフトウェアのローカライズエンジニアリング)に興味を持ったので、Web上で応募した。しかし、応募から1週間経っても何の動きもないので、「一体どうなってるんですか?」と催促したところ、やっと連絡が来て、ようやく派遣スタッフとして登録の手続きをすることに。ちょっと怒りたくなるところだが、まあ、これくらいは我慢するとしようか。
かくして当日、社内の小部屋に現れた件の女史(コンサルタント)だが、まず、今回会社からの連絡が遅れたことに対して一言の詫びも入れない。淡々と面談を進める。一言あっただけでもこちらの気持ちは随分違うものになるのだが。
話の途中で突然「英会話チェックをさせていただきます」と言い出した。ソフトウェアを英語から日本語にしていく作業に、そもそも英会話能力なんか関係ないはずだ。英語力をチェックしたいのでリーディングのテストをするならまだしも、英語圏の人間を相手に話す能力なんかチェックして何になるのだろう。あまりに突然かつ意味のなさそうなことなので拒否。
そんなわけでとりあえず登録手続きは終了し、派遣先に連絡を取ってもらうことになった。
すると数日後、「残念ながら他の派遣会社から紹介された人で今回の案件は決まってしまいました」と連絡が。えーっ! 1週間近く私の応募を放っておいたからこんなことになったんじゃないか?
「まあ仕方がない」と気持ちを切り替え、他の求人を探していたところ、最初にこの仕事を見つけた求人サイトで件の求人案件が再び掲載されているではないか! これはいったいどういうことなんだ? また応募のチャンスができたということなのか? こうなったら詳しい事情を知りたいと、早速派遣会社に連絡のメールを送る。そのメールには「一度クローズになった求人案件が今回再び人材募集再開となった事情を、差し支えなければわかる範囲で教えてほしい」と書いた。
すると、件のコンサルタントから返事が。曰く、「英会話スキルチェックがどうしても必要、そうでないと派遣先に紹介できない」という。先にも書いたようにこの仕事には英会話力は関係ないはずなのだが、仕方なくスキルチェックを受けることにする。再度派遣会社を訪れ、英会話チェックを受ける。まあ無難にこなせたと思う。
「今度こそは就業か」と思っていたら、なんと「紹介できない」とのこと。英会話能力に問題があったのか? または別の理由があるのか? その辺りはわからない(質問を投げかけたところでまともな返事など返ってこないだろう)。「この派遣の仕事にどうしても就きたいわけじゃないですよね? もしよろしければ、正社員や契約社員でいいお仕事があれば紹介したいのですが」という話があったので、あえてこの求人(派遣)への紹介は見送ったのかもしれない。それにしてもどういうことよ?
ほどなくして他の求人サイトで、どう見ても同じと思われる別の派遣会社からの求人に応募した。なんとこちらの派遣会社では、先の派遣会社と比較して時給が200円も高い! これは渡りに船だ。
すると、トントン拍子で話が進み、「求めていた人材がやっと来てくれることになった。すぐにでも来てほしい」ということに。
結局私は、その別の派遣会社からの派遣ということで無事就業することができた。派遣先にとって最も忙しい年末年始の出勤や深夜残業のリクエストにも応え、少なくとも2006年1月末までは働くことになっている。
ここにはあまり詳しく書けないが、私は、職務経験やスキルなどの点で先方にとっては本当にピッタリな人物だったらしい。これまではそういう人材がなかなか見つからなかったので、やむを得ずちょっと近いキャリアを持った人(プログラマー系の人?)を雇ってきたが、ローカライズの現場に対する理解が必ずしも十分でないなどで業務がなかなか円滑に進まず、現場担当者としてはいろいろ困ったことがあったという。一方私は一応翻訳やローカライズなどの職務経験は一応持っているものだから、多少なりとも条件に見合う部分があったらしい。最近では、契約期間延長なんぞの話なんかもちらほら来ていたりする… すみません、たまにはちょっと自慢させてください。
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さて、件の派遣会社やコンサルタントは、次の2点で「コミュニケーション能力がない」ということになると考えられる。
・派遣会社の不手際について、一言でも詫びる言葉がない。また、応募者(=私)が投げかけた疑問について、何らの対応もない(いわば黙殺)。
・派遣先の会社が、どういうスキルを持った人材をどの位の緊急度で求めているのか、きちんと把握していない。言い換えると、派遣先の会社とのコミュニケーションがうまくいっていない。
今回は、無意味な英会話スキルチェックなどしているヒマがあったら、さっさと派遣先の会社に私を紹介すべきだった。そのほうが、結果としてみれば派遣先の会社と私だけでなく派遣会社自身にとっても利益になっていたはずだった。
コミュニケーション能力に自信がない自分を慰めるとすれば、以上の2人よりはまだ「コミュニケーション能力がある」ということになるだろうか。
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先ほども、テレビ番組『大改造!!劇的ビフォーアフター』(朝日放送)を見ていて、“リフォームの匠”と呼ばれる家のリフォームの達人の仕事ぶりに示唆されることがあった。
彼らが、リフォーム依頼者に喜ばれるリフォームの仕事をやってのけるのは、「どういうリフォームをしたらよいのか、もっと依頼者に喜んでもらえるのか」ということをちゃんと理解しているからに他ならない。「高齢」「体に障害がある」「年頃の女の子の羞恥心が汚される」といった問題点を一つ一つ拾い出して、それに見合った細かい仕事をする。
で、問題点を拾い出すには、リフォーム依頼者のリフォーム完了後の生活ぶりをイメージできる想像力、問題解決の方法を導き出すための創造力と並んで、リフォーム依頼者からのヒアリング力も必要かつ大切であろう。「こうすりゃいいだろう」と“リフォームの匠”が独りよがりで解決策を考えたって、必ずしも問題の解決には繋がらないはずだ。ちゃんとリフォーム依頼者と向き合ってコミュニケーションをとり、問題点を一つでも探し出すことが大事。そう、この仕事もまさしく「コミュニケーション能力」が必要な仕事なのだ。
こんなふうにああだこうだ自分の「コミュニケーション能力」について考えてはみたが、今はこの能力についてどこまで自信を持っていいのかまだまだわからないところだ。
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すみません、この原稿は2005年の大晦日に或る程度書き上がっていたのですが、先述のとおり年末年始も仕事に追われていたのでエントリーが遅れました。このたび推敲してようやくエントリーの運びとなりました。
ちょくちょくこのWeblogを覗きに来てくださった方、お待たせいたしました。それと、今さらですが新年おめでとうございます。今年も当Weblogをご愛顧のほどよろしくお願いいたします。