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2006年02月28日 23:35に投稿されたエントリーのページです。

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「バス運転手の過酷」

縦並び社会:第2部・読者の声を追って/1 バス運転手の過酷(毎日新聞)

2004年12月の記事2005年3月の記事でもちょっとふれたが、バス運転士の仕事というのは本当に労働環境がキツいと聞く。
拘束時間は長いし、鉄道会社を親会社に持つ会社では鉄道会社から切り離され分社化した結果として給与体系が親会社のそれとは異なり、かなりの安価に抑えられているという。それ以外に、最近では接遇(ハンドルを握りながらマイクで様々なアナウンスを強制をされる)のノルマまである会社が出現し、安全運転に気を遣いながら運転中にいろいろ喋らなければならない運転士が増えている。

こういった情報はどこから流れてくるかというと、やはり某巨大掲示板群からということになる。現役の運転士と思しき者からの悲痛な叫びが日々書き込まれ続けている。

某巨大掲示板群に対して穿った見方をする人は多いし、「嘘は嘘であると見抜ける人で無いと掲示板の利用は難しい」という言葉もあるが、「書き込みの内容はさすがに嘘ではないんじゃないか?」と思っていた。

この毎日新聞の記事は、そんな書き込みの内容を裏付ける内容だ。

文中、「バス業界の徹底した合理化」という表現が見られるが、そもそも「合理化」とはなんだろうか?
手許の『新明解国語辞典第四版』を見てみると、「人員整理・労働強化や技術導入により生産性を向上させようとすること」と説明されている。
この場合、「人員整理」という点ではともかく、「生産性の向上」という点ではまったく妥当な表現ではない。生産性は向上どころか、むしろ低下しているはずである。運転士を低賃金で働かせることによりモラール(志気)は低下するし、労働環境の悪さに退職者が増えた結果素人に近い運転士がハンドルを握ることになって運転の信頼性は落ちる。長時間拘束により睡眠時間が減った結果、運転士一人一人の健康状態も悪くなる。会社によってはマイクを使った接遇応対(というかお喋り)のほうが無事故運転よりも社内での評価ポイントが高くなっていると聞く(ちなみに、この記事の写真にも写っているバスの会社がそうだという。私自身最も利用頻度の高いバス会社なので、決してこのことは他人事ではない)。

「だったらバス運転士になんかならきゃいいじゃん。そんな仕事を選んだ人のほうが負け組なんだよ」という意見もあるかもしれない。たしかにそういう部分もある。もっと労働環境の良い職場や職業を選べばいい、というのも尤もである。でも、昨今の厳しい就職・転職市場を考え、生活のためにやむなくこの仕事を選んだり続けたりしている人もいるだろう。それよりなにより、運転士の勤務が我々一般人と密接な関係を持っているのである。何かの商品の電話セールスなら、もし商品を買う気がなければ自宅に電話がかかってきても適当にあしらって電話を切ってしまえば済む。ところが、バス運転士の運転ぶりが危なっかしいからといって、簡単に「バスなんか乗らない!」と言えるかといえば、そうはいかない。

マスコミは、もっとこういうバス運転士の労働実態を取材して、広く世に知らしめていくべきだ。JR西日本で起きた脱線事故の結果、乗務員(電車運転士)の「日勤教育」という懲らしめの存在が一躍クローズアップされたが、バス業界でもそのようなことはないのだろうか? 精神的にも肉体的にも追いつめられながら、ギリギリの状態でハンドルを握らされる(その結果、運転の安全度が落ちる)ということはないのか? こういったことを地道に取材し、繰り返し世に訴えてほしい。

極端な言い方をすれば、バス運転士の幸せ(=労働環境の良さ)は、なにより我々乗客の幸せなのだ。