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2006年03月25日 00:55に投稿されたエントリーのページです。

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2006年春の彼岸

春の彼岸の時期だ。

本来なら春分の日である21日(火)に行けばよさそうなものだが、その日は何といってもWBC決勝戦のテレビ観戦があり、出かけるような状況ではなかった。

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まずは23日(木)、父方の墓参りに行く。

私はいつも、半年に1度家族3人で墓参りに出かけられることを楽しみにしていた。「今年の秋も」「来年の春も」と、毎回「次も3人揃って出かけられますように」と心の中で祈っていた。

ところが、今回は父が「いろいろ考えたが俺は行かない。本当は行ければ行きたいが、歩くとすぐ足がダメになってしまうし、過呼吸になってしまう」という。
「休み休み歩けばいいじゃないか」と説得したが、どうしてもダメだった。

ついにこういうときが来てしまったか、と思った。「3人で墓参りに出かけるチャンスが二度とない」と決まったわけではない。ただそれでも、何とも言いようのないくらい寂しさがあった。

昔は、自分だけさっさとドンドン先に歩いてしまい、母と私を置いてきぼりにすることが普通だった。「俺についてこい」と、私や母のことなど考えず勝手に行動するものだから、例えば母が何か買い物をしようと途中で立ち止まっても自分だけ先に進んでしまい、私が慌てて「先に行かないで」と父を呼び止めるのが日常だった。およそ周囲のことなど考えず、マイペースというかわがままに動く(最近、家庭内ではその長年のわがままぶりに反旗を翻らされている状態だが)人だった。
ところが、そうもいかなくなってしまったのだ。

私が車の免許さえ持っていれば、車に乗せて出かけることもできただろう。ただ、私は車の免許は取らないと心に決めている。
この近辺は交通の便が良いし、車を所有しているだけで維持費がかかるし、運転中にとっさの判断をする自信がない。
だから、こういうことは諦めるしかない。

やむなく、母と2人で出かける。
平日だし、春分の日だったら当たり前にある墓地へと向かう車の長い列もない。渋滞に巻き込まれることもなく、バスはほどなくして目的の停留所に到着。

お墓の前に立つと、やはり、どこかに違和感がある。お墓を建てた当の本人がこの場にいない、自分がその子供としてしっかりしなければならない。そういう気持ちになる。

墓参りを終え、寂しい気持ちがだんだんと和らいできた。半年に1回しか見ない風景のあちらこちらに目がいく。

細かいことに気がついた。
私が乗るバスは、JR武蔵小金井駅から府中運転免許試験場・多磨霊園を通って京王線多磨霊園駅に達する路線(武83系統)だが、バスの行先表示が日本語表記と英語表記では内容が違うのだ。
日本語では「試験場・多磨霊園駅」となっているものの、英語では「VIA DRIVER'S LICENSE OFFICE」つまり「運転免許試験場経由」となっており、肝心の終点については情報が記載されていないのだ。

この日は京王線で新宿に戻り、遅い昼食を採った後買い物をしてそのまま帰宅。

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翌24日(金)、今度は母方の墓へ。

墓は東武東上線沿線にあるので、池袋駅から乗車。

停車中の車両に乗ってすぐ気がついたことがある。窓ガラスがとにかく汚いのである。ホコリで曇っていて、掃除していないのが一目瞭然。私が普段乗っている地下鉄や私鉄、JRの車両ではまずこんなことがないし、過去に東武東上線に乗ったときもここまで酷いことはなかったように思うのだが。

それと、乗った車両はたまたま10両編成の中間に挟まれた先頭車(=運転台のある車両)だったのだが、運転台のすぐ後ろの壁に「乗務員室への立ち入りは鉄道営業法により禁止されています」と掲示がある。そういえば、これは東上線ではなくて野田線での話だけど、運転士が我が子を乗務員室に入れてしまった結果解雇されてしまった事件があったっけ。あのような事件があったからこういう掲示をするようになったのかと思いきや、調べてみるとそうではないらしい。他の鉄道会社でこんな掲示をわざわざしているだろうか? 私の行動半径内ではまずお目にかかったことがない。わざわざこういう注意書きが掲示されて、それが守られない状況が発生してしまうっていうのも、何だかなぁ。

やっぱり東武って、他社にはない(良からぬ)何か、具体的には企業体質とか社風とかがあるように思えてならない。嫌いな会社ではないんだけど。

列車に乗り20数分、最寄り駅に到着。

目的地へはいつも駅出口で待機している構内タクシーを利用するのだが(初乗り運賃で済む距離)、帰りは路線バスを利用することができた。このバスというのが実に本数が少ない。時刻表を確認してみると、1日わずか8往復しか走らない。1時間に1本どころか、走らない時間もある。

私の自宅の近くを走る路線の1つに、新宿駅西口と武蔵境駅南口を結ぶバス(小田急バス、宿44系統)がある。都バスや京王バスばかり走っているこの近辺で小田急バスが走るというのは実に珍しいということ、1時間に1本しか走らない(しかも遅延が多く、時刻表どおりにバスが来ないことも多い)こともあって、私は幼少の頃からこれを「幻のバス」と呼んでいた。1日に1本見られればラッキー、2本以上見られたら「今日は何か特別なことがある」という気にさせられたものだ。

ところがこの東武バスの路線は、そんなものでは済まない。日中バスが走らない時間帯もあるし、「毎時XX分」という規則性があるわけでもないから、乗車すること自体なかなかできない。

こういうとき普段はどうしているかというと、先述の構内タクシーの営業所に電話をかけタクシーに来てもらうしかない。「次に来るのは1時間XX分後」なんてバスを待っていたら日が暮れてしまうし、かといってバスの時刻表をあらかじめ調べておいて墓参りに出かけるほど緻密なことはやっていない。

お墓参りだが、お花が供えられてない。親戚は私たち以外に何人もいるのに、お彼岸の期間中誰も来なかったようだ。辺りに畑が残っているような淋しい場所で、訪れる人もなくぽつんと取り残されて、さぞ寂しい思いをしていたんじゃないか想像した。あいにくお花は用意していなかったのだが、お線香とお供え物を手向け、手を合わせた。「ここ半年ほど特に病気がちな母を、どうか守ってほしい」と心の中で祈った。

帰りは再び池袋に戻り、昨日と同様遅い昼食を採った後買い物をして、家路についた。