このページについて

2006年11月17日 23:59に投稿されたエントリーのページです。

一つ前の投稿は「「移籍」その後──2006年10月総括」です。

次の投稿は「2006年ドラフト会議(大学生・社会人)に思う」です。

他にも多くのエントリーがあります。ホームページアーカイブページもご覧ください。

Powered by
Movable Type 3.34

アップルWebバッジ

« 「移籍」その後──2006年10月総括 | ホーム | 2006年ドラフト会議(大学生・社会人)に思う »

新橋でテレビのインタビューを受ける

取材の仕事と所用で、築地・新橋方面に出かけた。

新橋での所用を終え、かなり遅い昼食を採った後、新橋駅SL広場を横切ろうとすると、突然女性から声を掛けられた。

「すみません、テレビ朝日なんですが、ちょっとアンケートよろしいですか?」

女性がマイクを持っていたのと、その背後に重たいテレビカメラを持った男性が立っていたのが見えたので、「ひょっとしたら街頭インタビューかな? もし声かけられたら答えちゃおうかな?」という気になっていたのだが、本当に声をかけられてしまった。

アンケートの内容はというと、「清原和博選手(バファローズ)にもう一度対戦してほしい投手は?」というもの。

バインダーに紙が挟んであって、その紙にいろいろな(10人くらいの)投手の名前と対戦成績が書かれていた。各投手の名前の横には「正」の字が。つまり回答数をカウントしているんですな。

パッと見たところ、圧倒的に多かった(15人くらい)のは「桑田真澄」。あと多かったのは「野茂英雄」あたりだったかな。
「伊良部秀輝」がゼロだったのはちょっと意外。

で、私はというと、紙の一番上に名前が書いてあった「山田久志」と回答した。
「山田さんですね…… 彼がプロに入って最初に立ちはだかった壁ですし。」
口下手な私はうまい言葉が出てこず、スラスラと答えられなかった(が、テレビで使われるときはうまく編集してもらえるだろう)。
鳴り物入りでプロの世界に足を踏み入れた高卒ルーキーと、選手生活の晩年とはいえ大ベテランとして君臨していたパ・リーグを代表するエース。2人の間にはマウンドと打席での“会話”があったはずだし、今清原が山田のような立場になって(成長して)再度当時の山田と対峙したらどんなふうになるだろう… というのが、私が山田を選んだ理由。

同年代の投手といえば「村田兆治」の存在も忘れてはならない。でも、対戦成績を見ると1987年からのものしか載っていない。あれ?

「桑田真澄」とか「野茂英雄」では、なんだかありきたり(な回答)過ぎて面白くない。
山田はもう60歳近いし、とっくに現役を退いているし、普通に対戦したら(今も現役を続けている)清原が勝つに決まっている。
それでも、「かつてルーキーの清原と対戦した当時の山田が今の清原と対決したらどうなるだろうなぁ」という、実現は絶対しないものの夢物語のようなことを考えるのも、ロマンがあっていいのではないか。そんな気がした。

ミーハーな私は、このインタビューの模様が本当にテレ朝で放送されるのか、いつのどんな番組で流れるのかが気になるところだ。
結構マニアックな質問だったところから考えて、「ナンだ!?」かなぁ。

コメントを投稿

(今までここでコメントを投稿したことがない場合は、コメントが表示される前にこのWeblogのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されませんので、表示までしばらくお待ちください)。