祭日の昼下がり。ふとNHK総合テレビを耳で聞いていると、聞き慣れた声が。
「おや?」と思って画面を見てみると、山奥のお寺の本堂らしき建物と、その周りの豊かな自然がいっぱいに広がっている。
「どんな番組なんだろ?」とテレビ番組表を見てみると、修験道の霊場についての番組らしい。
以下、「NHK年末年始特集番組 2006-2007」のページより。
自然豊かな山陰の山あいに広がる、国内最古級の修験道の霊場・三徳山(みとくさん)。その山奥の、急峻な断崖に1000年前からへばりつくように建つ国宝「投入堂(なげいれどう)」は、修験者たちが、拝み、祈りを捧げてきた、小さなお堂だ。今年、開山1300年を迎えるにあたり、三徳山では、山中に点在する9つのお堂の修復工事が行われてきた。人を寄せつけず、その創建について一切が謎に包まれている投入堂にも足場がかけられ、修復工事と科学調査が行われた。その結果、従来の常識を大きく覆す新発見ももたらされた。
番組では、3年に及ぶ諸堂の修復工事をたどりながら、投入堂をはじめとする数々の堂にまつわる歴史のロマンを描く。
次は、NHK番組表のページからの引用。
番組タイトル: 国宝・投入堂の謎~修験の山 三徳山の祈り~詳細:
鳥取県中部の修験道の霊場・三徳山。山の中腹の岩壁に立つ国宝・投入堂は、その不思議な造形で多くの人を惹(ひ)きつけてきた。質素な白木造りと考えられていた投入堂だが、この夏の調査で、赤く塗られていたことが判明。修験道のお堂としては、極めて異例のことだ。投入堂は誰がどのようにして建てたのか。なぜ赤く塗られていたのか。女優・斉藤由貴さんをナビゲーターに投入堂の最新の研究成果を紹介。神秘のお堂の謎に迫る。出演者ほか:
斉藤由貴・窪寺茂(奈良文化財研究所上席研究員)・長谷部八朗(駒澤大学教授)・久保弘道(大工棟梁)
この時点で「ん?」とちょっと思った。
声の主は、ここ数年ナレーションの仕事が多い。だから、今回もそういう類の仕事なのかなぁと思っていた。
ところがどっこい。なんとその後、画面に彼女が登場したのだ!
「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」と書かれたたすきを自ら身につけ、場所によっては幅30cmほどしかない険しい山道を登り、とうとう投入堂の近くにまでやってきたのだ。
この姿を見て、心の中で思わずツッコんだ。
「モルモン教徒が修験道かよ!」
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実は私、中学時代から10年ほど彼女のファンだったことがあった(主演映画の公開初日に舞台挨拶を見に行ったり、アルバムCDの殆どを持っていたりするほど)。松田聖子的な正統派アイドルのカワイ子ちゃんキャラでもなく三原順子的なツッパリキャラでもない「自然体」なところに、当時中学生だった私は惹かれた。
その当時から、私は彼女を演技者としてよりも歌い手として高く評価していた。
演技をすると、いつも厚い唇の口をパクパクさせてながら「な、な〜によ〜」と相手に反発してみせるイメージ。どこか大げさでワンパターンな演技なのだ。
どんな役を演じても、隠しようのない彼女のキャラクターがにじみ出てしまって、見る側としてはどうにもならない違和感に支配されてしまう。
過去には、例えばこんな番組があった。
●伊香保温泉の刑事
(「花村杏介シリーズ 娘道成寺伝説殺人事件」@金曜エンタテインメント、フジテレビ)
…どう考えても刑事ってガラじゃねーだろ!
●家が貧しくて遊郭に売られたにもかかわらず、なぜか顔がふくよかな少女
(「花園の迷宮」@火曜サスペンス劇場、日本テレビ)
●救命救急の現場の最前線で働くナース
(「救命救急センター」@火曜サスペンス劇場、日本テレビ)
…トロいキャラクターなので、とてもじゃないが務まらなそう
でも、役者稼業で見えるそんな冴えない部分も、歌い手になると全くない。それどころか、他の女性アーティストにはない豊かな感受性、個性、魅力に溢れている。
自作の詞にに乗せて歌う唄は、何とも表現のしようのない温かさや柔らかさに包まれており、詞も曲も同年代のアイドル系歌手のそれにはない深みがある。どの曲も私の心の琴線にふれるものばかりで、いつも好んで聴いていたものだった。
だから、「どうして歌手活動に力を入れないんだろう?」と常々思っていたものだ。
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ちなみに、私はモルモン教を否定しているわけではない。第一詳しいことを知らないし、とやかく言える立場にない。
ただ、日本古来の宗教である修験道と、アメリカ起源のモルモン教は、どう考えても結びつかない。こういう番組のナビゲーターとして、彼女はふさわしいかどうか。
東宝芸能には他にも女優がいるだろうに、なんで彼女なの?
ちなみに、山道を登り終え投入堂を目にした彼女は、「これだけ険しい道を登ってきた後なのだから、お祈りをする人はあれもこれも祈るのではなく、シンプルにただ1つだけのことをお祈りするんでしょうね」といった趣旨のことを喋っていた。
こういう言葉が出るところをみて、「無宗教な人よりもかえって何らかの宗教を信じている人のほうがいいのかもしれない」と思ったりもした。どんな宗教であれ、何らかの存在に対して「祈る」という行為に変わりはないからだ。
そういえば、先日再放送されていた「女の一代記シリーズ 瀬戸内寂聴〜出家とは生きながら死ぬこと」(フジテレビ)では、瀬戸内晴美役の宮沢りえと一緒にお遍路さんをする役として彼女が登場していた。そのときも「モルモン教徒がお遍路さんなんかするのか?」と素朴な疑問を感じたものだ。
「今のように技術が発達していない中であれだけの断崖絶壁に立派な本堂を造ったいにしえの人達への驚き、末法思想が広まる中なんとか救いを求める人々の営みへの畏敬の念」という高貴な部分と、「芸能界のミスキャスト(?)に関する下世話な関心」という2つの意味で、内容の濃い充実した50分だった。