一昨日のこと、新宿歴史博物館で開催中の写真展「想い出のあの場所 記憶のなかの新宿vol.2」を見に行ってきた。
この日が最終日だということはあらかじめわかっていたんだけど、予定に入れるのをすっかり忘れていて、仕事が終わっていないでバタバタしている(日曜も仕事!)にもかかわらず急遽出かけることにした。
前回新宿歴史博物館へ出かけたのは、今から6年くらい前。林芙美子書簡窃盗事件が起きるより前の話。今回が2回目となる。
閉館まで1時間くらいしかなかったので、以前も見た常設展示はすっ飛ばして今回の企画展の展示場所へ。
展示されている写真は、戦後(1950年代から60年代)のものが中心。1940年代以前のものは一つもない。また、淀橋・牛込・四谷・落合の各地区ごとに写真が分類のうえ展示されていた。
落合地区にはあまり馴染みがないので写真を見てもどの辺りだかピンと来ない半面、新宿駅近辺が含まれる淀橋地区についてはどの写真も大変興味深く見た。
小西六写真工業の工場(今は新宿中央公園となっている)の屋上から新宿駅西口を臨んだ写真などは、大変興味深かった。なんせ工場が閉鎖される直前(1963年)のものだし、工場敷地内から撮られた写真ということで小西六の関係者以外は撮影できないはずのものだから。
一つ気付いたのが、「昔は映画館がたくさんあったんだなぁ」ということ。
例えば、伊勢丹本館と新宿通りを隔てた反対側にあるマルイシティ新宿。ここは「日活オスカー」という名前の映画館であり(展示されていた写真は1972年のもの。そんなに昔の話ではない)、成子坂(青梅街道沿いの「成子天神下」交差点の辺り)にも「成子映画」という映画館があった。
それだけ、「昔は映画以外に娯楽がなかった」ということなのだろう。
ちょっと面白かったのは、場所が不明な写真が5点あって、「この写真の場所がわかる方は教えてください」とノートと鉛筆が置かれていたこと。書き込みを読んでみると「ここは大久保駅と東中野駅の間で、左が新宿で右が小滝橋」など、年配の人からのものであろう具体的な指摘もあった。中には、ある人の「この写真は××を写したものだ」という書き込みに対して「いや、それは違うだろう。○○は△△なんだから、この写真は××だなんてありえない」というツッコミもあった。
個人的な話をすると、私が生まれたのは花園神社や日清食品の本社などがある辺り。そういう意味でも、私は新宿区という地域にとても愛着を感じている。
それにしても、展示期間の途中(3月6日)から一部の写真が展示替えになっていたとは……。これならもっと早い時期に1回見に来るんだった。