三連休最後の日、ちょっと足を伸ばして新横浜ラーメン博物館に行ってきた。
6日(水)の日に、たまたま仕事の帰りに新横浜へ立ち寄って、「せっかくだから」と旭川ラーメン蜂屋で冬麺を食べたばかり。
冬麺の販売は15日(金)までで、販売期間中に全店のものを食べ尽くすのは到底ムリだろうけど、それでも一つでも多くの冬麺を食べたいと思い、母親を連れて(昼と夕方に父親を見舞う合間に)出かけることにした。
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渋谷へ出て、渋谷から東横線特急で横浜まで行き、横浜から横浜線快速に乗って新横浜へ(菊名で横浜線に乗り換えるほうが早いんだけど、新しく地下に移った横浜駅を親に見せるためにわざわざ遠回り)。
中へ入ると、6日(水)とは売って違って場内は大混雑。どの店も20〜30分行列に並ぶことを余儀なくされる状態。
店の選択は、親の意向を尊重。脂っぽいのがとりわけダメな人なので、スープがあっさり目という理由で選んだのは『支那そばや』。
今年の冬麺のテーマは味噌。佐野実の店というと醤油スープというイメージなので、「味噌ラーメン作って大丈夫?」っていう感じだったんだけど、杞憂に終わった。
食べてみると、佐野の
今回のポイントは『香り』。ニンニクや脂を使った味噌ラーメンが多い中、味噌本来の香りを楽しめ、ホッとする味わいに仕上げました。
というコメントのとおり。
麹味噌を使ったスープは風味があって、まさに「ホッとする味わい」。新たに創作したという太麺(ちぢれナシ)も、スープによく絡む。
スープに浮かんでいる、細かく刻まれたタマネギや白菜もとても良い感じ。
ごぼうを入れることにより味噌の香りを引き立たせる
という、京都産の桜味噌をベースに作られたという「鶏味噌」もGood。
正直、期間限定メニューにしてしまうにはもったいない味だった。
親がオーダーした「むかし竹の子らあ麺」も、とてもあっさりしていて親に好評だった。
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追加注文で「白式部」(350円)を頼もうと思ったんだけど、お腹いっぱいになってしまったんで諦めた。
それでいて、支那そばやを出た後に買った揚げパン(100円)は別腹で、難なく平らげてしまったのだが。
支那そばやの「冬麺」を蜂屋のそれと比較すると、見た目ではなく味そのもので勝負している点が好感が持てる。
蜂屋のほうは、
素揚げした春巻きの皮が氷を、細かく砕いた春雨は雪、そしてレンコンは雪の結晶を表現。また、「旭川で一番早い山菜」と言われている細タケノコや、冬の食材であるほうれん草等を使い、冬から春へ移り変わる様を描いている。そしてもう一つの注目は味わいの変化をもたらすコーンとジャガイモの「ディップ」である。ディップ単体で味わっても美味しいが、スープに溶けるとまた違った味わいが楽しめる。
などと「冬」というテーマを具という素材で表現しようとするあまり、肝心の「食べやすさ」という点ではマイナスになるところがあったように思う(実際、素揚げした春巻きの皮を除けてラーメンを食べるのはほぼムリで、見た目の美しさを楽しめるのはどんぶりが運ばれてきたときだけだった)。
おまけに、(油で揚げた)春巻きの皮がスープに溶けてしまうと、何とも脂っこくてくどい味のスープになってしまうのもマイナス点としては大きい。
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1958(昭和33)年の東京をモチーフに作られたという「体感ゾーン」(場内)について、同時代に都内で暮らしていた親に感想を聞いてみると、「よくわからない」「特に懐かしいとは思わない」とのこと。
例えば映画を観るにも有楽町などの都心へ出かけることが多くて、「鳴戸町」(飲食街)のような街で観ることはまずなかったとか。それと、若い女性が繁華街に出かけるのは危なかった(今でも危ないかもしれないけど)せいか、「鳴戸町」のような街にはあまり行かなかったようだ。
それでも、「蓮華町」(住宅街)を歩くと、懐かしさがこみ上げることはなくても「ああ、あの頃の街並みはこんな感じだったなぁ」と思ったようだった。
※「鳴戸町」「蓮華町」「鶴亀町」というエリアについては、こちらのページをご覧あれ。
館外へ出て、親に今日の感想を訊いてみると、「ラーメンだけでなくてそれ以外の意味でもお腹が一杯になった」と言ってくれた。ラーメンだけでなく、館内の雰囲気などいろいろな面で満足してくれて、私も連れてきた甲斐があった。
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帰りは、市営地下鉄で横浜駅へ。駅ビル『シァル』で買い物をした後、高崎行きの湘南新宿ラインで新宿へ。戦中の疎開先が熊谷で、移動は蒸気列車だったという親は、横浜から高崎まで乗り換えなしで行けてしまうことや、列車のスピードに隔世の感を感じていたようだった。