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   <title>le journal de Jean-Paul</title>
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   <updated>2011-05-22T16:16:38Z</updated>
   <subtitle>ジャン＝ポールの日記</subtitle>
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   <title>ベルナール・ビュフェのまなざし フランスと日本（ニューオータニ美術館）</title>
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   <published>2011-05-22T14:59:59Z</published>
   <updated>2011-05-22T16:16:38Z</updated>
   
   <summary>今月29日までニューオータニ美術館で開催中の、『ベルナール・ビュフェのまなざし ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      <![CDATA[今月29日までニューオータニ美術館で開催中の、<a href="http://www.newotani.co.jp/group/museum/exhibition/201103_buffet/">『ベルナール・ビュフェのまなざし フランスと日本』</a>。

昨日の<a href="http://www.bunkamura.co.jp/museum/lineup/11_vermeer/">『フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展』（Bunkamura ザ・ミュージアム）</a>がどこか陰鬱な感じの作品ばかりで満足できなかったけど、今日は良い口直しになった。]]>
      両親の不仲という恵まれない幼少期を過ごした、パリ育ちのナイーブな若者。画壇デビューを果たした頃は作品がモノトーンの色調で埋め尽くされていたのが、アナベラという生涯の良き伴侶を得て、また南仏へと出かけたことによって、徐々に色使いが豊かで明るい作風に変容していく。さらに、日本という異国から支持を受け、日本を題材とした作品も描いていく。

やっぱり、芸術家は長生きするもんだ。早世なんかしちゃいけない。長く生きたらその分だけ、変化なり成長なりするのだ。

それと、彼のような優れた画家と縁ができた幸運を、日本と日本人は喜ばなければならない。

その繊細な作風に加え、私と同じ都会育ちということ、私自身の親仏感情もあって、楽しく鑑賞することができた。今回の展示は26点だけだったが、もっと観たかった。

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   <title>2011年中野区議会議員選挙</title>
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   <published>2011-04-24T06:00:00Z</published>
   <updated>2011-04-25T01:51:16Z</updated>
   
   <summary>中野区議選。私は、普段twitterでfollowしている現職or当選を目指す人...</summary>
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      中野区議選。私は、普段twitterでfollowしている現職or当選を目指す人の中から、ツイートの内容を判断材料に候補者を選んだ。
      私は南中野の人間だけど、候補者が地盤としている地域に関係なく、あくまでツイートから窺い知れるその人の働き・人間性で選んだ。

たまたま同じ高校の卒業生だからといって、もう何年もの間DMを送ってくる現職議員（面識なし。ちなみに自民党の人）もいるが、投票せず。たぶん、この人には一度も投票したことがないと思う。

区議や都議の人or候補者がtwitterをやってるというのは大きい。国会議員は日頃の様子をマスコミが伝えてくれるけど、都議や区議はそうはいかない。区政＞都政＞国政の順に、twitterの存在意義が増すと思う。

特に区議選や都議選については、候補者が日頃の行動記録・考えや思いなどを普段から肩肘張らずに表出してくれれば、その人の人間性や政治信念などが見えて、有権者としてはありがたい。

ちなみに、件の自由民主党系現職、ブログは書いているがtwitterはやってない。正直、ブログなんて読まないよ。その人のよほど熱心な支援者じゃない限り。twitterのツイートからブログの記事に誘導するのならアリだけど。

区議選って、今まで誰に投票したらいいのかよくわからなかった。twitterを始めた現職or候補者が多く出現していろいろつぶやいてくれたおかげで、そのツイートが大いに判断材料になった。こんなことは初めて。これぞtwitterの威力！
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   <title>観戦記　第81回都市対抗野球　第10日</title>
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   <published>2010-09-05T14:59:59Z</published>
   <updated>2010-09-05T16:49:48Z</updated>
   
   <summary>今日は、第1試合の川崎市（東芝）vs.千葉市（JFE東日本）は一切観戦せず。 午...</summary>
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      今日は、第1試合の川崎市（東芝）vs.千葉市（JFE東日本）は一切観戦せず。
午前中に開かれる第1試合って、朝寝坊の身にはつらい。結果的に、川崎市が大勝する試合なんて見なくてよかったと思う。
      第2試合、横浜市（三菱重工横浜）vs.東京都（東京ガス）の5回表からドームで観戦。贔屓の狭山市（Honda）を破ったチームとはいえ一応東京都代表ということで東京ガスを応援しようと、三塁側のバルコニー席（2列目）に陣取る。

東京ガスの応援風景を近くで見るのって、今回が初めて。随分とオス臭い応援だなぁ（笑）。華やかさとか女っ気がこれほどまでない応援って、他では見たことがない。何だか、生活のインフラを支える企業の社風というか気質みたいなものが、応援風景にもそのまま反映されているような気がする。

第2試合が終わって、バルコニー席の1列目へ移動。第3試合は一塁側の北九州市を応援したいし、一塁側のほうが席が空いているのではないかと思い、一塁側に移動したかった。でも、せっかく最前列が確保できたので、不本意ながらそのまま三塁側に居残ることにした。

【第3試合　北九州市（JR九州）vs.東京都（NTT東日本）】

去年の日本選手権の覇者と、去年の第80回大会ベスト4との対決。その実力からいって、ワンサイドゲームになるとは考えにくい。実際、接戦だった。

8回に追いつかれ、9回に勝ち越されたにもかかわらず、その裏にひっくり返してしまうとは、さすがは去年の日本選手権チャンピオンだ。底力がある。

北九州市の2番手・濱野は、逆転を許した9回にはヒット性の当たりを相次いで打たれて、そんな中どうにか3アウトをとったという状態だった。結局、その裏に逆転サヨナラ勝ちできたわけで、この点は後攻の北九州市に運があったと思う。

個人的には、三塁側の席に座っていながら一塁側の北九州市を応援していた（NTTは企業として好きじゃないので。たとえ東京都代表であっても応援する気にはなれない）。ただ、両チームとも力を出し尽くして好ゲームを繰り広げたということで、試合終了後は北九州市だけでなく東京都にも賛辞の拍手を送った。それくらい、ホントに良い試合だった。
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   <title>観戦記　川崎市（東芝）vs.東京都（JR東日本）　第81回都市対抗野球</title>
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   <published>2010-09-02T14:59:59Z</published>
   <updated>2010-09-03T00:08:08Z</updated>
   
   <summary>3年前（第78回大会）決勝の再現。両チームとも3年前とはメンバーがガラッと変わっ...</summary>
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      3年前（第78回大会）決勝の再現。両チームとも3年前とはメンバーがガラッと変わっているとはいえ、東京都びいきの身としてはやっぱり3年前の雪辱を果たしたい。
      序盤は東京都が順調に点を重ねたが、何となくこのままじゃ終わらないような気がしていた。その悪い予感が的中してしまう。

東京都のクリーンナップ、今日は全員が補強選手。これじゃあ3年前の大会の川崎市と同じ。なんだかなぁ。
それにしても、あのときの川崎市の補強はえげつなかった。3番渡部（三菱重工横浜硬式野球クラブ）、4番西郷（三菱ふそう川崎）、5番小山（日産自動車）。これだけの補強をしたら、まあ勝つのが当たり前。

7回裏、代打・澤の同点3ランに飛び上がって大喜び。今年は2〜3年前の主力メンバーが殆ど出ていないので、あの頃正捕手としてよく打っていた彼の登場は嬉しかった。おまけに貴重な一打まで放ってくれるとは……。やっぱり彼は頼りになる。

投手は、5番手の片山がよく頑張ってくれた。タイブレーク突入後の11回表には2点タイムリーを打たれてしまったが、それまではロングリリーフとして試合を引き締めてくれたと思う。

今回も3年前の雪辱は果たせなかったが、あの時とはまた違った充実感が残る。結果は悔しいものだけど、東京都には心から健闘を讃えたい。来年以降の大会でまた川崎市と対戦する機会があれば、今度こそはやっつけてほしい。

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   <title>観戦記　第81回都市対抗野球　第3日</title>
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   <published>2010-08-29T14:59:59Z</published>
   <updated>2010-08-29T15:30:12Z</updated>
   
   <summary>今日は、第1・3試合は途中まで、第2試合は最初から最後まで観戦。...</summary>
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      今日は、第1・3試合は途中まで、第2試合は最初から最後まで観戦。
      【第1試合　東広島市（伯和ビクトリーズvs.君津市（かずさマジック）】

4回表までテレビ観戦した後、東京ドームに到着したときには8回。

君津市の敗因は、先発・本多の球が高めに浮いて、2回裏に2本の本塁打を打たれたことかなぁ。ちょうど打ち頃の高さに球が来て、「これじゃあ打たれてもしょうがないよな」という感じだった。

個人的に、現役時代の初芝ヘッドコーチが好きだったのと、3年前の7月に仕事で君津駅界隈を訪ねたことがあったので、頑張ってほしかったのだが……残念。

東広島市は、このまま勢いに乗れば面白い。4年前の第77回大会、それまで1勝もできなかったにかほ市（TDK）が初戦を突破したらあれよあれよという間に頂点に上り詰めたという例もあるし。


【第2試合　東京都（JR東日本）vs.大阪市（日本生命）】

今日、一番観たかった試合。東京都の試合をドームで観るのが、2年越しの願いだった。

日本生命ってたしかに名門チームなのだが、最近はそんなに強いイメージがなかったので、東京都が割と簡単に勝てるのでは？　と思ったら、そうでもなかった。

一度は1回戦敗退を覚悟したが、6回裏にセガサミーからの補強選手・宮崎の勝ち越し3ランが出てホッ。

東京都のスタメンが、2年前の第79回大会とガラッと変わっててビックリ。補強選手の存在を差し引いて考えたとしても、ここまで入れ替わるかという感じ。
不動の4番に片岡、5番に中尾（現スワローズ）、7番に石川が据わってた頃が懐かしい。だから、6回裏に代打で澤が登場したときは、「待ってました！」とばかりに心が躍ってしまった（凡退してしまったが……）。

そういえば、中尾といい松井光介といい、スワローズに入った2人は目立った活躍してないなぁ。松井光介は、今日の試合でタイガース・城島に一発（24号2ラン）を浴びたし。

一昨年までの打線に比べて、やや小粒になったような気がした。ただ、キッカケさえあれば着実に点を重ねる得点力は健在。もっとも、勝ち越し本塁打を放ったのは補強選手だったが。

狭山市も、2004年の第75回大会の決勝で嘗めた苦杯を、5年掛かって返上した。東京都だって、3年前の第78回大会決勝での辛い経験を……。

試合そのものではなく応援団の話になるが、ブラバンの演奏は2年前までのほうが良かったな〜。ただ、チアリーダーのキビキビした動きは健在。これだから私はココの応援が大好きだ。狭山市の応援とは違った意味での魅力がある。

株主総会ではブスッとした顔で議長を務めている社長も、試合終了後には笑みを交えて挨拶。これだけの大会社の社長が、毎回必ず試合に駆けつけるのは偉い。


【第3試合　姫路市（新日鉄広畑）vs.千葉市（JFE東日本）】

正直言って、第2試合の観戦で燃え尽きてしまった。結局、5回表終了時点で席を立つ羽目に。ドーム球場とはいえ、猛暑続きの夏に3試合をフル観戦するのは、四十路に入った身には辛い。

最初は「投手戦になるかな？」と思ったけど、姫路市の先発・梶本が崩れて千葉市が優勢に。私の予想は見事に外れた。

千葉市の先発・須田って「俺、なんで彼のこと知ってるんだろう？」と思ったら……そうだ！　去年の大会でHondaの補強選手だったんだ。あのときは良いピッチングをしてくれた記憶がある。キャプテン・落合も同じくそうだった。
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   <title>観戦記　高松市（JR四国）vs.狭山市（Honda）　第81回都市対抗野球</title>
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   <published>2010-08-28T14:59:59Z</published>
   <updated>2010-08-28T15:39:29Z</updated>
   
   <summary>今年も、私にとって「夏」を実感できるイベントが始まった。 夏フェスに行くわけでも...</summary>
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      今年も、私にとって「夏」を実感できるイベントが始まった。
夏フェスに行くわけでも、海水浴や登山をするわけでもない私にとって、夏の楽しみといえば東京ドームで連日野球を観ることくらいしかない。

今大会を生で観戦するのは、今日が初めて。
その感想、本当はtwitter上でつぶやこうと思ったけど、140字の字数制限では語り尽くせないので、ここに投稿することにする（段落ごとにtwitterへ投稿することを考えていたので、各段落の字数は概ね140字くらい）。
      Honda、1回表の「1番打者が死球で出塁→盗塁→捕手の悪送球で無死三塁→2番打者が適時打で1点先取」というあっという間の流れには驚いたが、ヒットが出てもあと1本が足りない（ヒットの数の割に得点は少ない）。JR四国に2度も同点に追いつかれたのは、それもあったと思う。

8回、JR四国の左翼手・森の失策。Hondaの4番・西郷の普通の左邪飛がただの左邪飛で終わらなかったのは、西郷の「打ちたい」という執念が森の失策を呼んだのではないかという気がする。よく、適時打を打った選手が「気力で打ったヒット」という言い方をするが、まさしくあれがそうなのではないかと。そして、その結果として5番・多幡の走者一掃の二塁打を呼んだ。

私がJR四国の試合を見るのは、テレビ観戦を含め今日が初めて。なかなか粘り強いチームだなと思った。今年はたまたま1回戦敗退ということになったが、組み合わせ次第ではもっと上位に進出してもおかしくない気がする。その健闘は讃えられて然るべき。

私は、Hondaの油断・慢心を心配したのだが、それは杞憂だった。慢心していたのは、「（4年前の第77回大会1回戦の）対ニチダイ戦のようにコールド勝ちできるのでは？」と思ってた、観客の私のほうだったかもしれない。

今ジャイアンツで活躍を続けるチョーノ。彼が抜けたHondaはどの程度戦力がダウンしたのか気がかりではあったが、それほどではなかった。去年よりは多少ダウンしたかもしれないが、それでも強打は相変わらず。彼一人が抜けたからといって、「打力が強い」というチームカラーはそう簡単に失われるものではない。
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   <title>岩本町駅の駅名改称は不要</title>
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   <published>2010-01-19T03:30:00Z</published>
   <updated>2010-01-19T04:09:42Z</updated>
   
   <summary>朝からTwitterのTL（タイムライン）を覗いていて、酷い内容のつぶやきを見つ...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      <![CDATA[朝から<a href="http://twitter.com/">Twitter</a>のTL（タイムライン）を覗いていて、酷い内容のつぶやきを見つけた。

<a href="http://twitter.com/kojinaka/status/7925218361">http://twitter.com/kojinaka/status/7925218361
</a><blockquote>岩本町で下車。なんでこの駅は秋葉原駅を名乗らないのか？それだけで都営新宿線の利用者増えると思う。私が昔書いたblog→ http://j.mp/6QDZMd
</blockquote>

私に言わせれば、「<strong>あの場所は昔から岩本町交差点なんだよ。そこにある駅が『岩本町』と名乗って何が悪い！</strong>」だ。]]>
      <![CDATA[以下、あくまで筆者に論戦を挑んだり喧嘩を吹っ掛けたりするわけではなく、あくまでTwitterの文字制限である140字では表現しきれないこと或る程度のボリュームの文章にしただけ。それに、仕事の合間を縫って殴り書きのような感じで書き綴ったので、ところどころ文体も柔らかめになっているし、推敲も不十分。基本的に書きっぱなし。以上の点についてはご了承願いたい。

───────────────────────────────────

そりゃあたしかに、あの駅のA3出口から昭和通りを北へ歩いていけば、秋葉原はすぐだ。私自身、<a href="http://www.shosen.co.jp/hp/tower/index_tower.html">書泉ブックタワー</a>や<a href="http://www.yodobashi-akiba.com/">ヨドバシAkiba</a> に出かけるときは、この駅を利用することがたまにある。

だからといって、駅の名前まで「秋葉原」に変えてしまっていいもんだろうか？　それではあまりに安易すぎるし、古くから住んでいるであろう岩本町住民が黙っちゃいないだろう。『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4794214014?ie=UTF8&tag=lejourndejean-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4794214014">この駅名に問題あり</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=lejourndejean-22&l=as2&o=9&a=4794214014" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』等の著がある楠原佑介先生も、きっと反対されるはず。

私としては、たとえ秋葉原が近かろうと、やっぱりこの地にある駅は「岩本町駅」と名乗るべきだと思う。

───────────────────────────────────

この駅名改称論は、靖国通りの南側に住む人達のことにまで考えが及んでいない。そういう意味で浅はかだ。

それに、近年テレビ番組等で取り上げられ徐々に知名度が上がってきた『<a href="http://www.family-bazar.com/">岩本町・東神田ファミリーバザール</a>』の存在もあって、「岩本町」という地名は以前に比べて一般に認知されているはず。

私個人としても、（本で知ってるだけだけど）都電13系統（新宿駅～水天宮、後に岩本町までに短縮）が走っていた頃や、都営新宿線にその役目を譲って廃止された<a href="http://www.pluto.xii.jp/bus/line/data/a72.html">都バス秋72系統（新宿駅西口～岩本町）</a>の頃から、この場所にある駅・停留所は「岩本町」で何の違和感もない。

百歩譲って、昭和通り直下にある日比谷線秋葉原駅と連絡通路でつながっているならまだ「秋葉原」と名乗ることもできるかもしれない。ところが実際には、日比谷線秋葉原駅（5番出口）へ行くには、岩本町駅A3出口からはいったん地上に出て和泉橋を渡らなければならない。そういう意味でも、駅名の変更は不適切だ。

───────────────────────────────────

両者が離れた位置にあり、連絡通路もないにもかかわらず、同じ名前を名乗る駅は都内にもある。その一つが、「浅草駅」だ。古くからある地下鉄銀座線や東武線の浅草駅と、最近開設されたつくばエクスプレスの浅草駅は、かなり離れていて乗り換えには適さない。私自身は、後者は本来「浅草六区駅」とすべきだったんじゃないかと思っている。

<strong>同じ駅名なら、「連絡通路を歩けば乗り換えができる」と考えるのが普通だ。</strong>

もし、都営新宿線の駅の名前を「岩本町」から「秋葉原」に変えたらどうなるだろう？　「山手線・京浜東北線・総武線やつくばエクスプレスに乗り換えられる」と思って下車した乗客が「えーっ！　JR／TXの駅まで行くにはこんなに離れてるの？」と嘆くことだろう。重たい荷物を持った乗客は大変だろうし、雨の降った日であればいったん地上に出て傘をさしてJR／TXの駅まで向かうのが面倒に感じられるはずだ。

───────────────────────────────────

ちょっと筆者の経歴を調べてみたら、奈良県内の進学校出身。おそらく、東京育ちではないんだろう。だから、平気でこんなことが言えてしまうのかなぁ。

もし東京育ちだったとしても、この地で生活を営んできた人々の歴史とか、人の情緒といったものが筆者には理解できていないように感じる。

筆者は企業の経営者らしいけど、私だったらそういう人の下で働くのは嫌だな。

筆者の故郷で、もし余所者がやって来て「この駅は○○に近いから『○○前』でいいや」「ここの土地は△△の西だから、『西△△』でいいでしょ」なんて言われたら、筆者はどう思うだろうか？　おそらく、腹を立てるんじゃないだろうか？　「お前、何にもわかっちゃいねーくせに勝手なこと言うんじゃないよ！」って。今私が感じているのは、それと同じ憤りだ。

<strong>駅名っていうのは、実用性だけで決めるもんじゃない。街の象徴として、街の歴史や周辺住民の文化、情緒、街の趣などにも十分配慮したうえで決定されるべきものだろう。単なる記号じゃない。</strong>私はそう思う。

だから、こういう実利一辺倒な考え方の暴論にはとても腹が立つし、嘆かわしいとも思う。なんだか、高度経済成長期の住居表示制度で地名が次々と失われて、味も素っ気もない地名が濫造されていった時代を想起させられる。

───────────────────────────────────

……とここまで筆者への批判一辺倒だったが、筆者の言っていることにも評価すべき点はある。それは、「<strong>『岩本町』という駅名だけでは、この駅が秋葉原方面へ向かうのに便利であることが利用者に十分伝わらない</strong>」ということだ。そういう意味で、<strong>筆者は大事な問題を投げかけている。</strong>

その辺り、<strong>都交通局はアピールが下手</strong>かもしれない。

都営新宿線の乗客を増やすための一つの策として、「秋葉原電気街南」「秋葉原入口」といったような副駅名（？）を制定するのもいいだろう。同じ都営地下鉄の大江戸線で、両国駅が「江戸東京博物館前」、春日駅が「文京シビックセンター前」と名乗っているように。

少なくとも、<strong>岩本町駅を経由する都営新宿線が秋葉原へのアクセス手段として便利であることは、もっと一般に知られていい</strong>だろう。この点では、私も筆者の考えに賛同する。]]>
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   <title>弥生美術館『少女の友展』</title>
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   <published>2009-12-23T14:59:59Z</published>
   <updated>2009-12-23T16:39:05Z</updated>
   
   <summary>弥生美術館で開催中の「日本で最も愛された少女雑誌『少女の友』展───中原淳一を生...</summary>
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      <![CDATA[<a href="http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/">弥生美術館</a>で開催中の「日本で最も愛された少女雑誌『少女の友』展───中原淳一を生んだ伝説の少女雑誌の48年」を観に行ってきた。]]>
      <![CDATA[中原淳一をはじめとする挿絵画家の画に魅了されると同時に、明治・大正期の少女達が思っていたこと、明治期の創刊から昭和30年の廃刊に至るまでの『少女の友』の変遷が興味深かった。
叙情画に詳しくない私は、「竹久夢二も中原淳一も蕗谷虹児も皆似たような画なのでは？」と思っていたが、つぶさに観てみると決してそうではないことを認識。

<strong>いつの時代も、美しきもの・清らかなもの・気高きものに憧れる人の心というのは同じ</strong>なのだなぁ、と実感。

Webがなかったあの頃、編集者と読者・読者同士の交流は誌面が中心。無論、リアルタイムでメッセージをやりとりすることなどできない。そんな生活環境で、今のティーンエイジャーが明治・大正期を生きていたら、もう少し素直で高尚な精神を持てたであろうか──ふと、そんなことを考えた。


帰りに、入口の<a href="http://www.yayoi-yumeji-museum.jp/institution/shop.html">ミュージアムショップ</a>でお土産を購入。
<a href="http://weblog.jean-paul.jp/2009/12/24/16946_1307436849271_1331043965_30878372_984682_n.html" onclick="window.open('http://weblog.jean-paul.jp/2009/12/24/16946_1307436849271_1331043965_30878372_984682_n.html','popup','width=453,height=604,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://weblog.jean-paul.jp/2009/12/24/16946_1307436849271_1331043965_30878372_984682_n-thumb.jpg" width="151" height="201" alt="" /></a>
3枚の絵はがき、どれも竹久夢二の作品が図柄。今回は竹久夢二の作品は観ていないのだが、その図柄が気に入ったので買おうと決心。

他にも母が、以前から買おうかどうか迷っていた <a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4408107565?ie=UTF8&tag=lejourndejean-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4408107565">『少女の友』創刊100周年記念号 明治・大正・昭和ベストセレクション</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=lejourndejean-22&l=as2&o=9&a=4408107565" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /> を購入。
「高いから」「いい歳してこういう本を買って読んでもしょうがない」と言っていたのだが、私は「そんなこと考えないで、読みたいなら読めばいいじゃないか！」と思っていた。今回ようやく買う気になってくれたのが、私としてはとても嬉しかった。]]>
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   <title>Twitter疲れ？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://weblog.jean-paul.jp/2009/12/twitter_fatigue.html" />
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   <published>2009-12-21T16:41:30Z</published>
   <updated>2009-12-21T16:44:27Z</updated>
   
   <summary>最近すっかりTwitterにハマッてたけど、130を超えたあたりからTL（Tim...</summary>
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      <name>Jean=Paul</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      最近すっかりTwitterにハマッてたけど、130を超えたあたりからTL（TimeLine）を追い切れなくなってきたんで、フォロワーを整理。

これで、少しはTLがスッキリすると思う。

      <![CDATA[一部のTwitter専用クライアント（Twittelator Proとか）だと、unfollowじゃなくてmuteができる。でも、他の環境じゃそうはいかないし。

こんなことをするキッカケになったのは、フォローしていたライフハックの人とかIT系ジャーナリストの存在（ここでは名前は挙げない）。
こっちはその人の仕事内容に関するつぶやきを期待してたのに、「○○で移動中」とか「熱出した」とか、ハッキリ言ってしまえばこっちにはどーでもいい情報をつぶやいていて、それがノイズになって私のTL上で溢れてた。本当に必要な情報をTL上で追えなくなってた。

ライフハックの人もIT系ジャーナリストも、その人が書くIT系サイトやweblogの記事は興味深い。でも、目にしたことや頭に浮かんだことや出来事を、何でもかんでもいちいちご丁寧にTwitter上でつぶやかなくていいよ。お二人とも、一応或る程度名前が知られてることもあるのか、自意識過剰なんじゃない？（「自分は有名人なんだ」みたいな意識が頭のどこかにあるような気が）。

基本的にTwitterって何をつぶやこうがその人の勝手だし、私も他の人にしてみたらどーでもいいこと（どこで何を食べたとか、今どこにいるとか）をつぶやいてるから他人のことは言えない。
でも、他人のTLを埋め尽くすほど無駄な情報を大量には垂れ流してないつもりだ。

こんな状況に出くわすと、以前読んだ<a href="http://anond.hatelabo.jp/20090511165634">こんな記事</a>の内容に改めて頷きたくなる。]]>
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   <title>成人式の記憶</title>
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   <published>2009-07-28T17:00:20Z</published>
   <updated>2009-07-28T17:00:57Z</updated>
   
   <summary>普段、ここではこういうことは書かないんですが。...</summary>
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      <name>Jean=Paul</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      普段、ここではこういうことは書かないんですが。
      仕事帰りに川村かおり（「カオリ」ではなく、敢えてこう書く）の訃報を知って、「とうとうこの日が来てしまったか」と思いつつ、18年前に中野サンプラザで開かれた中野区の成人式のことを思い出した。

1991年1月15日、彼女は歌のゲストとして我々の成人式に招かれた。本当なら隣の練馬区の成人式に自身が一成人として出席すべきところ、歌手としてサンプラザにやって来たのだった。

『翼をください』という曲があるが、小学生の頃、学校では誰もがこの歌を歌うのを嫌がっていた。歌詞がどこか暗い内容だったからじゃないかと思う。
そんな『翼をください』を、彼女はポップに明るく歌った。「同じ曲でもこんなに親しみやすくなるものか」と感心したものだ。

彼女の歌の前には、もう一人のゲスト、生島ヒロシの講演があった。話の内容はすっかり忘れてしまったが、客席から「帰れー！」という茶化す声があって、それに生島が「じゃあ帰ろうか？」とやりかえすなど、ちょっとした応酬があったことは覚えている。

生島の大人目線の講演には成人もそれほど共感しなかったと思うし、だからこそブーイングが起きたんだろうが、自分たちと同じくこの日に成人式を迎えた彼女の歌には、みんなが共感というか親しみを持っていたと思う。事実、ブーイングなどなかった。

私は特別彼女のファンという訳ではなかったし、生歌を聴いたのもあれが最初で最後だったが、近年癌を患っていると知ってその動向はずっと気になっていた。病気が病気だけに「もうダメなのかな」と思っていたが、実際にこういうことになってしまうと何とも言いようのない気持ちになる。

不惑の年を間近にして未だに今後の身の振り方に迷っている私のような人間もいれば、子供を残して早々に逝ってしまう彼女のような人間もいる。つくづく、人生はいろいろだなぁと思う。

それにしても、彼女といい三沢さん（1990年6月8日、武道館で初めてジャンボ鶴田選手に勝ったのを見届けた）といい、今年はその勇姿を目にした（しかも自分とそれほど歳の違わない）有名人が亡くなることが続いて、寂しい。

［文中、一部敬称略］
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   <title>最近のTwitter熱に思うこと</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://weblog.jean-paul.jp/2009/07/twitter_fever.html" />
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   <published>2009-07-24T17:45:08Z</published>
   <updated>2009-07-24T18:17:51Z</updated>
   
   <summary>ここ数ヵ月の、マスコミのTwitterをめぐる騒ぎっぷりってどうなんだろう？...</summary>
   <author>
      <name>Jean=Paul</name>
      
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         <category term="22_internet" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      <![CDATA[ここ数ヵ月の、マスコミの<a href="http://twitter.com/">Twitter</a>をめぐる騒ぎっぷりってどうなんだろう？]]>
      <![CDATA[「ブログはもう古い」だの「あの有名人がTwitterを始めた！」だの。

挙げ句の果てにこんなニュースが。

J-CASTニュース : 勝間和代と広瀬香美がはやらせた　「ヒウィッヒヒー」と「ふぁぼりんこ」
<a href="http://www.j-cast.com/2009/07/24046046.html">http://www.j-cast.com/2009/07/24046046.html</a>

広瀬香美が『Twitter』を「ヒウィッヒヒー」と命名！ ネットで大批判を受ける - ガジェット通信
<a href="http://getnews.jp/archives/22857">http://getnews.jp/archives/22857</a>

最近、Twitter上でこの“源氏名”を何度か見る機会があって、「いったい何のこと？」って思ってたけど、そういうことだったのか。

広瀬って人のことは昔から好きでも嫌いでもないけど、（少なくとも私にとっては）大して面白くもない“源氏名”で盛り上がってるのは、端で見てなんかイタすぎる。

───────────────────────────────────

私がTwitterを始めたのは、2年前の5月。その頃はまだインターフェースが英語オンリーだったし、周りにTwitter使いなんて殆どいなかった（注：別にユーザー歴の長さを自慢している訳じゃありません）。

それが、ここ数ヵ月の間に次々と日本の有名人がTwitterユーザーになり、一般のTwitterユーザーが次々とフォローした。
Weblogに比べたら、有名人ユーザーはまだまだ少ない。その少ない有名人ユーザーをありがたがって、一般のTwitterユーザーがフォローするという現象が起きている。これ自体は、まあ自然な流れだと思う。

ただ、これだけTwitterが世間でメジャーな存在になり、連日のようにTwitterをめぐるニュースが報じられて、一部の限られた空間の中だけとはいえ「Twitterはスゴい！」みたいな声が加熱してしまうと、<a href="http://jp.secondlife.com/">Second Life</a>みたいになってしまうんじゃないだろうか。あっという間に飽きられ、マスコミからは使い捨てされ、人々からはその存在を忘れ去られ、今ではその名を聞くことが殆どないSecond Lifeのように。

もっとも、マスコミがTwitterをどう取り上げようが、Twitterをめぐって何があろうか、Twitterが良いものであればこれからもずっと存在し続けるんだろうから、気にするほどのことでもないかもしれないが。

───────────────────────────────────

それともう一つ。

これは<a href="http://twitter.com/JeanPaulJP/status/2791047190">Twitterにも書き込んだ</a>けど、140字では書き足りないのでこちらでも。

勝間和代さんがTwitterに登場　広瀬香美さん誘い話題に（Ascii.jp）
<a href="http://ascii.jp/elem/000/000/437/437779/index-2.html">http://ascii.jp/elem/000/000/437/437779/index-2.html</a>
<blockquote>何より驚かされるのはその吸収力の速さだ。ただつぶやくだけでなく、movatwitterやTween、Twittelatorなどの各種クライアントを試したり、buzztterやふぁぼったーなどの関連サービスに興味を持ち、ブログやFlickr、twitpicなどのTwitter連携機能まで使いこなしている。</blockquote>

<strong>大事なのは、いろんなクライアントを試したり、いろんな機能を使いこなしたりすることなんかじゃない。</strong>そんなことで賞賛されるのって、何かが違うと思う。

いろんなツールがあって、使い勝手はそれぞれ違うんだから、その中から自分にあったものを見つければ良いだけ。

まるで、<strong>大学受験を突破することばかりに長けて、肝心の（大学入学後に必要な）基礎学力が身についていない受験生</strong>のようだ。]]>
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   <title>イタリア料理を楽しんだ後に思ったこと</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://weblog.jean-paul.jp/2009/07/chianti-nono.html" />
   <id>tag:weblog.jean-paul.jp,2009://1.419</id>
   
   <published>2009-07-11T14:59:59Z</published>
   <updated>2009-07-11T17:21:15Z</updated>
   
   <summary>職場の同僚（人生の先輩）＆初対面の女性と、近所のイタリア料理店で夕食。...</summary>
   <author>
      <name>Jean=Paul</name>
      
   </author>
         <category term="01_journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      <![CDATA[職場の同僚（人生の先輩）＆初対面の女性と、近所の<a href="http://www.chianti.co.jp/nono/">イタリア料理店</a>で夕食。]]>
      <![CDATA[このお店、随分前から知っていたのだが、中に入ったことは一度もなかった。
初めての食事は、サラダ・ピザ・パスタ・洋風ネギトロ・牛のタタキなど。店オリジナルのドレッシングが、何とも言えないほど絶品。どの料理も美味しかった。

とても楽しい時間が過ごせた。この店、今度は親を連れていこう。

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食事を終えて二人と別れた後、言いようのない寂しさが……。家の近くの住宅街を独りで歩いていて、「お願いです！　私をどこかの会社に雇ってください！」と灯りのある家の住人に懇願したい衝動に駆られる。

私は今、あと20年以上もの間フリーランスでやっていけるのか、働いていけるのか、不安を抱えている。昨日、先述の同僚から勧められて応募した医療系出版社の求人について書類選考で不採用の通知が来て以来、「もうライターとしてでまともな会社に就職するのは無理なんじゃないか」という思いが自分の心を支配している。もっとも、その一方で「どこかの会社に就職してしまったら、したいことができなくなってしまうんじゃないか」という気持ちもあるのだが。

───────────────────────────────────

家に着いて、テレビの電源が点いていたのだが、どういうわけか会わされていたチャンネルはNHK教育。『<a href="http://www.nhk.or.jp/ss-real/">青春リアル</a>』という番組に目が留まる。ちょっと見てみると、住んでいる場所も仕事もバラバラな若者がWeb上で交流する姿を描いたドキュメンタリー番組。

最初に登場したのは、事業に失敗して両親が自殺してしまった後、働き口を探す若い男性。その境遇を気の毒に思いつつも、生活保護を受けているのにタバコを吸っていたり（タバコ代くらい節約しろよ！）、腕に刺青を入れていたりするところに違和感を感じつつも、最後に働き口が決まった姿を見て「よかったなぁ」と思う。

次に登場したのは、歌舞伎町でクラブを経営する20代後半の女性。「○月（の売上）は良かったけど、△月はなかなか売上が伸びなくて……」という嘆きに共感。わかるなー。自分も求人広告の仕事をやってたとき、まさにそんな感じだったもん。毎月の収入に一喜一憂するのは、フリーランスも一国一城の主も同じ。

番組を通じて多く登場したのは、いわゆる引きこもりやニートと呼ばれる若者達。彼・彼女らの姿を見て、「そもそも、親が生きているうちはいいが、親がいなくなったらどうするんだ？　どうやって生活費を得ていくんだ？」という疑問が生じてもおかしくないが、この際そんなことはどうでもいい。そんなことで彼・彼女らを説教する気はない。
それより、「働くことの意味」「世の中にあまた存在する仕事」について、彼・彼女らに教えることができたら。「職場でどう立ち回るか」「人間関係をどうしていくか」といったような処世術のようなものは、自分には教えられないが。
「俺のすることは、こういう若者達を助けることじゃないか」──そんな気がした（と同時に「若者を救うだけが自分の仕事じゃない」とも思ったが）。

───────────────────────────────────

今さら、身分保障のしっかりした会社（イメージとしては非外資系の大手企業）で働けるはずなどない。人も羨む高収入を得られる身分になどなれないだろう。それでも、そこそこの（生活していけるだけの）収入でも、生活していければいいじゃないか。“エリート”“成功者”になれなくたって、生きる道はある──ふと、そんなふうに思った。

引きこもりとか不況で仕事が激減したとか、誰もが辛い境遇にあるのに、どうにかやっていけるのは、周りの仲間の支えがあってこそ。今日の自分も、親以外に2人の女性という話し相手がいてこそ、孤独を感じずにいられた。

改めて、「人と人とのつながりの大切さ」を感じた夜だった。]]>
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   <title>見事な大岡裁き</title>
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   <id>tag:weblog.jean-paul.jp,2009://1.418</id>
   
   <published>2009-06-07T14:59:59Z</published>
   <updated>2009-06-07T23:54:03Z</updated>
   
   <summary>上野で美術展観賞＆夕食を終え、京浜東北線に乗って東京駅へ向かっていた夜の9時過ぎ...</summary>
   <author>
      <name>Jean=Paul</name>
      
   </author>
         <category term="01_journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      上野で美術展観賞＆夕食を終え、京浜東北線に乗って東京駅へ向かっていた夜の9時過ぎ。
私と同じ車両に乗った客と、もともと座っていた客との間で、ちょっとしたトラブルが起きた。

      <![CDATA[事の発端はこうだ。
3人掛けの優先席に、40代（？）の男性（以下A）ともう一人が座っていた。Aはカバンを隣の空席に置いていた。
そこへ、60歳前後の男性（以下B）が私と一緒に乗車してきて、優先席に座ろうとした。ところが空席の一つがAのカバンで占領されていたので、Bは突然Aのカバンを手に取り網棚に載せ、その席へ座ろうとした。
すると、Aは激怒。「<strong>勝手に俺のバッグを取り上げるんじゃない！</strong>」。Bも負けてはいない。曰く、「<strong>空いている席にバッグを置くほうが悪い！　自分だったら、たとえ隣の席が空いていてもカバンは膝の上に置く。それが常識だ</strong>」。
Aは反撃に出る。「<strong>カバンを網棚に持ち上げる前に、一言『失礼』って言えば済む話だろう？　その位言ったっていいじゃないか</strong>」。これに対して、Bはさらに持論を展開。「<strong>なんで自分が『失礼』なんて言わなきゃならないんだ？</strong>」

この言い争いは、電車が次の駅（御徒町）を過ぎても続いた。

そんなときに立ち上がったのが、私の向かいの席に座っていた中年女性。旅行カバンを自分の隣の空席に置いており、二人のやりとりをずっと見ていた。
「<strong>あなたたち、せっかく日曜なんだから、ケンカなんかしたらみんな不愉快でしょ。</strong>」「<strong>空いた席には自分の荷物を置いちゃいけないんだ？　そう、じゃあこれからは私もそうするわ</strong>」
実に見事な仲裁だった。

これでケンカはすっかり収まった。中年女性は、その次の駅（秋葉原）で降りていった。

───────────────────────────────────

なぜこんなケンカが起きてしまったのか？

実は、Aは読書をしていて、自分のカバンを置いた隣の席にBが座ろうとしていることに気付くのが遅れた。そこでBはAに一言「悪いけどその席を空けてもらえませんか？」という趣旨のことを言えばよかったのだが、Bはそうしなかった。だから、話がこじれてしまったのだ。

私としては、Aに同情する、というかAの言うことこそが尤もだと思う。「ちょっと失礼」「すみません」の一言を発することすら拒否するBは、独善的で謙虚さのない人間にしか見えない。Aも、「自分の隣席は何が何でも死守しよう」「他人には絶対に座らせまい」と考えていたわけではないはず。それは、ケンカの最中にAが発していた言葉からも窺えた。
<strong>私だったら、見ず知らずの他人のカバンを勝手に取り上げて網棚に載せるなんて強引なマネは絶対しない。</strong>「すみません、その席に座りたいんですけど（カバンを退けてもらえませんか？）」と口に出すか、そういう意図が伝わるような仕草をする。だから、私にはどうしてもBではなくAに分があるとしか思えない。

私の考えとしては、<strong>空席には荷物を置いてもいいと思う。ただし、それはあくまで状況次第。</strong>他に空席がいくらでもあって、自分が隣の席に荷物を置くことで誰かが座れなくなってしまうということでないのなら、問題ないと考えている。
以前、とある女性タレントが「映画館に行ったら、たとえ場内が満員で立ち見の客がいようと必ず隣の席には自分の荷物を置く」とテレビで発言していたが、これはNG。

───────────────────────────────────

AとBのどちらに軍配が上がるかはさておき、本当に見事だったのは中年女性の仲裁。
　「今日は日曜なんだからみんな楽しく過ごしたい」
　　……<strong>AもBもそれ以外の乗客（そして私）も、誰もが共通して抱いている気持ちを代弁</strong>
　「たとえ自分の隣であっても、空席には荷物を置いちゃいけないんだ。知らなかったわ」
　　……<strong>Bの意見が正しいかどうかはともかく、ひとまずBの意見を受け容れる</strong>
これら二つが、端で見ていて実に素晴らしかった。

私だったら、AとB、二人の剣幕にビビってしまい、隣の車両へ移りたくなるところだが、中年女性は度胸も満点だった。二人のケンカに火が注がれるのか？　と一瞬思ったが、そんな考えは杞憂だった。

───────────────────────────────────

最近私は、Bのようにワガママな立ち居振る舞いを見せる、団塊の世代と思しき人間に出くわすことが多い。

●ドアに「昼食のため只今休憩中」という看板を出している（ただしドアの鍵は掛けていない）薬局に入ってきて、処方箋を取り出し薬の処方を要求する女性。薬剤師から「ドアに『休憩中』って看板が出てますよね（それなのになぜ中に入ってくるんですか？）」と言われてもどこ吹く風。薬剤師が折れて「今回は処方しますが」と言っても「すみません」の一言もない。

●路線バスの前方に立っていた女性。自分の降りる停留所で前ドアと後ろドアが開き（注：東京23区の路線バスは前乗り後降り）、前ドアからはこれからバスに乗ろうとする客がいたにもかかわらず、運転手に何の言葉もなく後ろドアではなく前ドアから強引に降りていった。

こうした連中に対して、私だったら「これだから団塊の世代は……」とつい言いたくなる。しかし、あの中年女性は相手がどんな人間であれ、ひとまず受け容れていた。

偉い。実に偉い。ああいう度量を、私も備えたいものだ。]]>
   </content>
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   <title>10年前、あの日の決断は……</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://weblog.jean-paul.jp/2009/04/new_hospital.html" />
   <id>tag:weblog.jean-paul.jp,2009://1.417</id>
   
   <published>2009-04-18T18:21:46Z</published>
   <updated>2009-04-19T01:37:27Z</updated>
   
   <summary>新卒で就職後丸5年間働いた大学病院の新病棟が完成し、一般公開がされるというので、...</summary>
   <author>
      <name>Jean=Paul</name>
      
   </author>
         <category term="01_journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="10_travail" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      新卒で就職後丸5年間働いた大学病院の新病棟が完成し、一般公開がされるというので、見学に行ってきた。『まちBBS』で情報を入手し、大学のサイト上で見学を申し込んだのが数日前。


      <![CDATA[増築を繰り返し継ぎ接ぎだらけだった旧病棟と比べて、新病棟は嘘のようにきれいだった。各診療科の外来がある階は南側がガラス張りで、近くを流れる川も含めて眺めは抜群。「古い・狭い・汚い」旧病棟から、ようやく最近の新しい病院並みの設備と広さを兼ね備えた病院になったと感じた。

屋上には、庭園があった。きれいに咲く花を見て、「ここに入院する人が花の美しさに心を癒されて、その病を治していってほしい」と願った。と同時に「こんな眺めの良いところにいられるなんて羨ましいよ」と思った……が、冷静に考えてみると、入院加療が必要な体になるべきではないわけで。人間、やっぱり健康が一番だ。

院内の所々に職員が立っていて、見学者の誘導や案内をしていたのだが、その中には私が在籍していた当時の先輩（年上も年下も。いずれも女性）が随分いた。後輩は、不思議と見かけなかった（みんな早々に辞めてしまったんだろうか？）。
先輩達にとっては、よっぽど居心地が良かったんだろう。もう30代後半〜40代になっているというのに、よく辞めずにいるよなぁ。
母親らしき人と子供を二人連れた、Gパン姿の先輩もいた。きっと、その人は出産を機に退職したのだろう。制服姿の先輩達とおしゃべりをしていた。

1階のロビーには、かつての上司2人（いずれも男性。もう50歳を過ぎているはず）もいた。

今回、かつての先輩や上司とは一切口を利かなかったし、顔を合わそうともしなかった。できるだけ自分の存在がバレないように、一般見学者に埋没するように院内をまわった。
これには、親が一緒だったので下手に昔話に花を咲かせている場合じゃなかったということもあるが、それ以上に「私は先輩や上司とあまり折り合いが良くなかった」ということが大きい。
人間を学歴だけで判断するのは良くないことではあるが、その多くが専門学校卒（しかも、同じ医療関連でも医療事務の専門学校は看護の専門学校に比べて専門性が高くなく、勉強もそれほど大変ではない）の女性たちと、大卒の自分とは、どうしても話が合わなかった（こんなことを書くと、自分で自分を「インテリだ」と言っているみたいでイヤなのだが）。件の上司2人も、正直なところあまり知的な人ではなかった。
それに、辞めるときに私は大して惜しまれずに辞めていった（後半の2年間くらいは職場でも或る程度重要なポジションを任されていたし、ごく少数の男性の先輩は本当に退職を惜しんでくれた）こともあって、私が彼女達の間で話題に上ること自体に拒否反応があった。

病院で働いていた当時、私は件の上司2人の姿を見て、早い段階で「<strong>ああ、この人達みたいにはなりたくないなぁ</strong>」と思った。<strong>ここに居続ければ居続けるほど、“自分の足で立つ”ことができなくなる。この組織にすがって生きていくしか道はなくなる</strong>──そんな気がしたのだ。
<strong>自分の生殺与奪くらいは、自分で決めたい。自分の人生を、同族経営でグループを牛耳っている一族なんかに委ねたくはない。</strong>
「清濁併せ呑む」という言葉があるが、私にはそこまでの度量はない。清廉潔白でいたいというか、ダーティーな部分を引き受けてまでこの組織で働き続けたいとはどうしても思えなかったのである。

病院を後にして、かなり遅めの昼食を摂ったとき、改めて考えた──「約10年前、私はあの大学を辞めて良かったのか」と。結論は、やっぱり「辞めて正解」だった。
退職してから、いろんなことがあった。最初の一年間は家に引きこもり状態で、生きる気力さえ湧いてこなかった。そこからどうにか立ち直って、紆余曲折を経てライターとしての技量と経験を自分のものにすることができた。自分の中にある可能性を花開かせることができたのである。
もし、あのままあの大学の職員で居続けたら、どうだっただろうか。組織の一員として、自分の能力や可能性を開花させることなく、いたずらに齢だけを重ねていたんじゃないだろうか。
「自分らしく生きる」という意味では、（たとえ身分は安定しなくとも）今のほうがずっといい。
世間的には、「一つの組織でずっと勤め上げる」ということのほうが評価が高いかもしれない。変に転職なんかしないほうが、生涯賃金だって高かっただろう。でも、勤務中にストレスで腹痛を起こししょっちゅうトイレに駆け込んでいるようでは、自分自身にとって良くない。あの頃の自分は、「自分のことを快く思わない数多くの先輩」「理不尽な患者達」「権力をほしいままにする大学創設者一族」の三重苦にさいなまれ、まさにボロ雑巾の状態だったと思う。

Ｗikipediaで情報を検索してみて初めて知ったのだが、身辺でいろいろと問題が絶えなかった大学の創設者（理事長兼総長）は半年ほど前に亡くなっていた。ついでに今の理事長についても調べてみると、中・高・大・大学院と超有名私立に学び、大学在学中からグループ内の学園の理事長を務めたという（当時何と20歳！）。自分より3つも年下だ。
年端も行かないうちから学校の経営者としての英才教育を受け、30歳を前にして世襲という形で大学の理事長となった若造なんかの下で働きたくない。このことを考えても、辞めたのはやっぱり正解だったと思う。]]>
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   <title>ヨーグルトは、夜です。</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://weblog.jean-paul.jp/2009/04/yogurt_nuit.html" />
   <id>tag:weblog.jean-paul.jp,2009://1.416</id>
   
   <published>2009-04-11T16:48:31Z</published>
   <updated>2009-04-11T17:13:46Z</updated>
   
   <summary>東京ウォーカーの記事より。 ヨーグルトは朝じゃなくて、夜に効果あり？ http:...</summary>
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      <name>Jean=Paul</name>
      
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         <category term="49_autre" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://weblog.jean-paul.jp/">
      <![CDATA[東京ウォーカーの記事より。

ヨーグルトは朝じゃなくて、夜に効果あり？
<a href="http://news.walkerplus.com/2009/0410/17/">http://news.walkerplus.com/2009/0410/17/</a>

<blockquote>最近ひそかに増えている「ナイトヨーグルト」。意外だが、ヨーグルトを夜食べる習慣は、実は結構理にかなっている。
ヨーグルトの乳酸菌は寝ている間に便通をスムーズにする。</blockquote>]]>
      <![CDATA[「夜にヨーグルトを摂取する」というのが最近流行っているのかなんて知らないけど、実際、<strong>ヨーグルトを摂るなら夜</strong>だと思う。

私は、何年も前から<a href="http://takuhai.meinyu.jp/">明治乳業の宅配</a>で“飲むヨーグルト”を飲み続けている。私にとっては一日たりとも欠かせないと言っていいくらい、大事な習慣だ。
商品名は、今年の3月から『<a href="http://takuhai.meinyu.jp/commodity/bulgaria.html">明治ブルガリア活力すっきりのむヨーグルト</a>』に変わったけど、その前は長いこと『明治<strong>朝の</strong>ブルガリアのむヨーグルト』だった。

商品名に「朝の」という言葉が含まれているが、朝に1本空けてしまうことはせず、「朝に半分飲んで、夜寝る前に残りを飲む」または「夜に1本空ける」という飲み方を続けていた。

朝食の時に飲んでも、その効果が出てくるのは飲んでからしばらくした後。むしろ、夜寝る前に飲んだほうが、翌朝に自然なお通じがあって良い──このことは経験的にわかっていた。夜寝ている間にヨーグルトに含まれる成分が腸の中で働いて、翌朝に起きたときや朝食を摂って腸の動きが活発になったときに自然とトイレへ行きたくなる。これでいいのだ。

だから、私にとっては意外でもなんでもない。

ちなみに、このエントリーも今、『明治ブルガリア活力すっきりのむヨーグルト』を飲みながら書いている。]]>
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